瑚礁の怪談。

※微ホラー?オリキャラ出ます。作者の妄想全開。
※総一郎さん視点。
※全力で遅刻して申し訳ございません。でも佐伯ジジマゴ愛し瑛!

それでもよろしければどうぞー

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 すっかり遅くなってしまった。そんなことを思って店の窓を思い切り開けると、
じわりと生暖かい空気の壁が体にまとわりついてくるような夜だった。
 空を見上げてみたけれど、月は見えない。風もない。
 よせてはかえす波音も涼しく聞こえないほどうんざりするような熱をはらんでいて、
僕はこっそりと息を落とした。

「それで不審に思った大家と住人は部屋の中をくまなく調べてみたんだ。
すると壁の向こうにまだ空間があることに気付いた……」

 明かりをすっかり落とした店内では、もう一時間ほど前から僕の友人たちが、
したり顔で怪談を語らっている。
 蝋燭を一本だけたてた灯りが揺れるたびに、店の空気も僕らの影もゆらゆらと揺れていた。
 ガタガタガタガタガタ。――特に、僕の後ろの席に座る孫の震えが先ほどから大きくなっているような。

「瑛、怖いなら無理は……」
「なっ、なななんだよじいちゃんっ! いきなり話しかけんなよっ」
「……、すまん」

 心配して声をかけたら、さらに真っ青になってしまった瑛に内心苦笑を浮かべる。
 僕の友人たち、そしてお嬢さんまでもがそんな孫を見てなんとも言えない笑みを浮かべていた。
 まったくそろいもそろって、趣味が悪い。

 そもそもどうして『珊瑚礁』で怪談話なんぞをしているかというと、いつものように店じまいをしていたところへ
酒を大量に持って澤田たちが押しかけてきたことが始まりだった。
 なんでも僕の誕生日を祝いに来てくれたらしいが――彼らの手にしているものを見れば、いつもの酒盛りとなんら変わらず。
 理由を適当につけて『珊瑚礁』で飲みたかっただけなのではないかと思った。
 確かに『珊瑚礁』から臨む海を眺めながらかたむける酒は、とても美味い。

 去年の僕の誕生日は、やたらはりきっていた瑛を中心に、店を花で埋めるという粋なはからいをしてくれたものだが、
今年は時間と予算が間に合わなかったそうだ。

 じいちゃん、ごめん。

 そういって悔しそうにうつむく瑛に、気にするなと言っておいたのだが。
 僕が思う以上に瑛はそのことを気にしており、いつもは元気なお嬢さんまで一緒になって落ち込んでいるものだから
澤田たちの来訪は渡りに船だった、……はずだった。

 それが何故かこうして夏の暑さをまぎらわせようと誰かが――正確には、瑛をからかって遊びたいだけのいい大人が――言い出して、
皆でひとつのテーブルを囲んで怪談話をしている。
 瑛の唯一の味方だったはずのお嬢さんも、いつのまにか澤田側につけている辺り、僕の友人たちに抜かりはない。
 こうして孤立無援になってしまった瑛は、真っ青な顔をしながらなけなしの見栄をはってこの場に同席している。

 けれどどうか勘違いしないでほしい。この場にいる誰もが、瑛をチビの時から知る人たちばかりで――
僕がさゆりとこの店を立ち上げた頃からの常連客の山代さん、もっと昔をたどれば、吉川と澤田と僕は学生時代からの腐れ縁である。
 つまるところ、みんな、瑛が可愛くて仕方がないのだ。
 その結果がこうして瑛がもっとも苦手とすることに行き着くあたり、彼らの人の悪さがにじみでているのだが。

「そこには青いクレヨンで、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……と、壁中に書かれていたそうだよ……」

 吉川が語り終えると同時にガタッ!といっそう激しく瑛の体が揺れたかと思うと、がこん、と抜けた音が後につづいた。
どうやら椅子に座ったまま後退したせいで壁に頭をぶつけたらしい。

「サエキ、大丈夫?」
「な、なにがだよ!? カピバラのおまえに心配されることなんてないぞ!」
「……ま、いいですけどねー。それより吉川さん。 お話の仕方、お上手ですね! 感動しちゃいました。稲村譲二みたい」
「ハハッ、そうか? いやあなんだか照れるなぁ」
「おーい、吉川。鼻の下をのばすな。気色の悪い」
「失敬な。私はただ紳士としてだね――」
「あ、あの!」

 雲行きが怪しくなってきた会話にお嬢さんがあわてて割り込む。よく気のつく子だ。

「わたし、次お話ししてもいいですか? とっておきのがあるんですよ」

 ひぃ、と息を飲むような悲鳴が後ろから聞こえた気がしたが今度は振り返らなかった。
見なくてもあの子がどんな表情をしているのかだいたいは予想がつく。

「これはわたしの先輩から聞いたお話なんですけどね……?」

 本当に気を遣える子だと思う。……瑛のこと以外に関して。

「よく心霊番組とかであきらかに嘘っぽい写真とか話とかまざってるじゃないですか。あれにはちゃんと理由があって……」
「俺っ! 店の在庫チェックまだだったから! し、調べてくる。明日も仕事あるし」
「えっ? じゃあわたしも手伝……」
「いい。ついてくんな。おまえなんかイラナイ。じいさんたちと話してろよ。そっちの方が楽しいだろうしさ」

 変なヘソの曲げ方をした瑛が、急に立ちあがったかと思うとあっというまに地下の倉庫へと飛んでいってしまった。

「……やりすぎたかね?」

 先程から無言でチビチビとウォッカをあおっていた澤田がポツリと声を落とす。

「いや、大丈夫だろう。瑛君だってもう立派な男だ。チビのときみたいにこれくらいで泣いたりはしないさ」
「それもそうか……」

 山代さんのもっともらしい言葉に納得している澤田に悪いが、さきほど僕の隣をすりぬけていった瑛が
涙目であったことは言わないでおこうと胸に固く誓った。



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